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最後の採卵

今月が誕生日の月で、以前から決めていた(不妊治療は42歳まで)

というタイミングなので先日最後の採卵をしてきた。

 

これで最後なんだなぁと思うと、

事前のエコーだったり血液検査さえも

「今日のデータが悪いから今周期採卵中止します」

と言われて突然の終了を迎えるのではないか?という不安と、

もしそれが起きた場合どう気持ちを持って行こうか・・・

という想定ばかりしていた。

おセンチになるほど気持ちに余裕がなく、

でも地味に夫にいらついたりして、

「この治療をやめたらこのことでイライラしなくていいんだ」

と訳の分からない安堵感もあったりして。

 

なんとか最後の採卵は無事できた。

最後のラッキーをひいたのか、2個卵はとれ、どちらも受精までは進んだ。

あとは1週間後の胚盤胞確認(そのまま凍結されて次以降の周期で戻す)

だけど、全くもって凍結まで進む自信もなく。

でもそんなこと軽々しくは言えない。

採卵で1回20万くらいかけて、胚盤胞培養にも何万とかけてるのに

「自信ない」ってあまりに無責任だよな、と。

 

自分の心を守るため、期待しないようにしないように

過ごしている。

もうこのことで泣くのはごめんだと、どこかで思っている。

でも、採卵した日、病院から帰る電車で少しだけおセンチな気分になった。

夫は最後の採卵、病院へ来られなかったなぁ

もう彼はあの病院へくる必要ないんだよね

私もいつ「もう行く必要ない」になるのか?

最後まで私ばかり、しんどかった気がする

体調を整えるとか、健康によいことをしようとか、

結局夫は最後まで何にもしない(ように私には見えた)ままだったな

それで何度か喧嘩になったな

でも結局彼は何も変わらなかったように思う

私はそのへんの気持ち、諦めたんだろうな

この気持ち、ああ、あれは「逃げ恥」の電車のシーンとよく似てる

「もう期待しない」っていうのは

相手のためではなくて自分のためなんだよな

そんなことをぼんやり考えて。

 

映画やドラマで「子どもを亡くした夫婦」をたまにみる。

夫婦でも感じ方や悲しみの表現方法が違うし

男性だから平気というわけではないということも、

だから頭では理解しているつもり。

でも、私たちの子どもはだいぶ前に、生まれる前に私のお腹で亡くなり、

次の子もいない。

私ばかりが淋しい、つらい、悲しいわけではない、と納得させるために

以前の朝ドラ「マッサン」を思い出す。

男性だって十分淋しいし悲しいんだからって。

NHKの「夏目漱石の妻」を思い出す。

海外ドラマ「ER」のカーター君を思う。

 

本当の話もフィクションの話もごちゃまぜだけど、

私は自分の気持ちが落ち着ければどうでもいいのかもしれない。

 

あと1週間弱で治療終了が決まるかもしれない。

そんな都合よく「諦めたらできた」なんて行かないことくらい

40過ぎたらわかっている。

だからいつも以上に「発する言葉を抑えるように」過ごす日々。

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